社会に役立つことを大事にする、という会社の思いに触れた

藤代裕之さんは、広島大学文学部哲学科を卒業後、地元徳島の新聞社に入社。文化部記者としての仕事や、2004年から始めたブログ「ガ島通信」を通じてインターネットの可能性に触れ、転職。現在は株式会社NTTレゾナントの社員であり、大学の非常勤講師、そしてジャーナリストとしても活動している。

NTTレゾナントでは新サービスを作る仕事を担当している。藤代さんはその仕事を「誰かのやりたいことや思いを形にして、思いを繋ぐ仕事」と表現した。そして「誰かの思いを形にして繋ぐという意味では新聞記者の仕事も同じです」とも。

 

藤代さんがリーダーを務めた被災地支援の取り組み「ボランティア情報ステーション(以下:VIS)」も同じだと感じた。「助けが欲しい人」の思いをデータベースとしてまとめ、「ボランティアをしたい人」へ提供することで思いと思いを繋ぐのがVISだ。散在しているボランティア情報を収集し、整理、提供した。情報の収集には人海戦術を用いたそうだが、それは、システム開発に時間をかけるより、とにかく早く使えるものにしなければという思いからだった。

 

 

NTTレゾナントは、このプロジェクトに藤代さんが取り組むことを認めただけでなく、エンジニアも参加させ後押しをしてくれた。さらに「会社の名前は出さなくてもいい、みんなで作ったものだから」と言ってくれたそうだ。「社会に役立つことを大事にする、という会社の思いに触れて前向きな気持ちになれた」と藤代さんは言う。このプロジェクトには、ライバル企業であるyahooやniftyも協力をしてくれた。「メディアにも大きく取り上げられるGoogleなど海外企業の動きは確かに素晴らしかった。でも、日本のIT企業も負けていない部分があると感じました」

 

「みんなで作ったものだから」という言葉にあるように、このプロジェクトは様々な人達が参加した。社内外の人や多くの学生、また職種としても、エンジニア、ネットワーク管理者、広告代理店の人、会社のPR担当者などが集まるチームだった。
「技術があり、作ることが出来るエンジニアを尊敬しています。でも、エンジニアは自分の作りたいものに捉われてしまう傾向があるんじゃないでしょうか。今回、異分野の人が集まることでエンジニアとは違った視点も持ち込めたと思う。その中で、リーダーでありプロデューサーである私個人としては、ユーザーとエンジニアを繋ぐ役割を意識しました」
それぞれの得意・不得意、出来ること・出来ないことを把握し、メンバーに方向性を示す。大局観を持ってチームを導くのが藤代さんの役割だった。

 

「スキル・役割を分解して各々がそれを担い、互いに尊敬し合いながら、そして時にはぶつかり合って相互理解を深めながら進めていくべきだと思います。非常時に素早く対応が出来る組織はそうなっていますよね。医療でも消防でも」
実際、参加したメンバーから「他業種との交流が良い経験になった。これからも広く交流していきたい」という感想を聞いたそうだ。

 

 

閉じた世界に篭るのではなく、外に開いて学ぶ。組織内のセクション間、異業種間、国内と海外、色々な場面で同様のことが言われている。その点について藤代さんはこのようなことも言った。
「厳しい意見かもしれませんが、被災地の人々をよりオープンにしていく契機にしないといけないんじゃないかと思います。特に今回の震災のような悲惨な状況下では、被災地側がオープンにしてくれないと外部の人は中に入って行きづらい。当然、外部の人が入っていくことで摩擦も起こると思う。でもそれを覚悟して受け入れ、外部の意見や考えに耳を傾けることが必要でしょう。そしてその間を繋ぐ、大局観を持った地域プロデューサーのような人がいれば、被災地復興だけでなく、地域力をもっと高めることにも繋がると思います」

 

受け入れるということは、外部の人が現地の実情を知ることができるという効果もある。例えば今回、PCを提供したが、被災地の年配の方は設定が出来ず使えない、ということがあったそうだ。そのような認識のズレを実感することで、もっと実効性のある支援ができるのではないか。

 

「震災支援を通じて出来たこともあったし、逆に課題と感じたこともありました。エンジニアの方々は頑張ったが、IT業界全体としての支援は不十分だったこともそのひとつです。また、ソーシャルメディアが役立ったのは事実ですが、まだ使い方を知らない人もたくさんいます。その人達が正しく発信しコミュニケーション出来るようにしたい。今回の経験を次に活かしていかないといけません」

 

小学生時代、学校の図書館にある本をすべて読んだという藤代さん。その後、高校時代の倫理の先生の言葉「知識が増えるほど知識の守備範囲が広がり、知らないことも増える」に大きな影響を受け、哲学科に入学した。「哲学を学ぶことで、物事を突き詰めて考える訓練になりました。それは今、本当に役立っていると実感しています」と言う。その後、ソーシャルメディアを活用しながら知識や世界観を広げ、異なる意見にも触れながら考えを深めていくことを実践している。
そんな自身の体験を通して「広く交流することで知識や考えの円を大きくし、時にはぶつかり合い、相互理解を深めながら前に進んでいく」ことの重要性を藤代さんは実感し、多くの人にもその重要性に気付いて欲しいと考えている。
だからこそ藤代さんは言う。「この大震災を、変わるきっかけにしたい」と。

 

 

(取材日:2012年1月19日 ネットアクション事務局 岩佐大地)

 

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